かてきょ 5 |
小川先生は振り返り、いつもの元気な口調で言いました。
「だから、こんなの一生追いつかないとか、何分後に追いつこうが関係ないとか言っちゃだめだ。な?」
「な、何だよ、こ、こんないい話聞いたからって、僕の数学嫌いはなおんないぜ。この問題を解かせようたって、そうはいかないぜ。こんな、こんな、お涙ちょうだいの話、・・・・・・イー! イー!」
つよし君は泣き出してしまいました。男だし、もう中学生だし、泣いてはいけないと思いつつも止まりません。
「イー、イー、イー」
つよし君は泣きながら、鼻の下にあるほくろに舌を伸ばし、舐めました。
「んー、んー、んー」
つよし君はここを舐めると泣き止むことができます。
「僕解くよ。この問題解くよ。かてきょ、教えて」
何はともあれ、つよし君はやる気になりました。
「よーし、まずX分後に追いつくとして、ここを…」
小川先生が解き方を教えます。
「なるほど」
「あ、そっか」
つよし君がこんなにも嬉々として数学に取り組むのは初めてです。
「で、これを移項すると、200X―80X=720だから、この方程式を解くんだ」
「うんっ」
つよし君は素直ないい子なので、やる気になればグングン伸びます。
「えーと、200X―80Xは…」
おや? どうしたことでしょう、つよし君のペンが止まりました。
「どうした? 三けたの引き算、だめか?」
「ねえかてきょ」
「ん?」
「僕、この200Xと80X、引きたくない。掛けたい」
これを聞いた小川先生の顔がみるみる変わっていきました。
「だめだっ」
「少しでも早く秀樹とお父さんを合わせてあげるんだっ」
「だめだっ、引くんだっ」
「やだ、掛けたい!」
「引くんだ!」
「掛けたい!」
引かなければ正解にたどりつかないのに。間違えてまでも二人を早く会わせてあげたいという、つよし君の決意は固いです。しかし小川先生は頑として、200Xと80Xを引かせようとします。それは、提示された問題からも、家庭教師としても当然のことです。
「掛けるのはまだ君には早い。もっと大人になってからだっ」
「僕、かてきょが思ってるより大人だよ」
まだあとけなさの残るその顔には、うっすらとひげが生えています。
つよし君は心のなかで叫びました。
「チン毛だって、チン毛だって僕ボーボーなんだよ。僕は大人だよ、かてきょっ」
できるものなら見せてやりたい、と思いましたが、どこまでわかってもらえるかわかりません。











