ヒコウボーイ 1 |
土曜なので午前中に授業が終わり、家でやや遅めの昼食を食べ終えたひろしは漫画を読んで満腹を休ませていた。母が流しで後片付けをしている。いつまでもこんな日々が続けばいいなと誰もが思うに違いない、とても穏やかな午後だった。
そんな平穏な時間の中、ひろしの目は嬉々としており、全身には熱い血潮がたぎっていた。ひろしのボルテージを最高潮まで引き上げたのは、今読んでいる漫画『北斗の拳』である。『北斗の拳』は1980年代前半に少年漫画誌で連載され、爆発的人気を呼びアニメ化もされ、そのアニメも大ヒットした不朽の名作である。
舞台は19XX年の日本のいわば世紀末という時代背景。ケンシロウという主人公が「北斗神拳」という一撃必殺の拳法で、とてつもなく荒廃した世の中を渡り歩くという物語だ。
この「北斗神拳」がすごい。
人間の全身に存在する「秘孔」というツボのような部分に様々な形で刺激を与えると、例えば指を相手の頭の両側頭部に押し当てたら2~3秒後にその人間が大爆発を起こしたり、自身に起きた裂傷による大量出血を瞬時に止めたり、目の見えない人を見えるようにしたり、はたまた記憶喪失の人の記憶を蘇らせたり、口のきけない人をしゃべれるようにしたりできる代物で、男なら誰もが「マスターしたい」と憧れる、優れた拳法なのである。
秘孔をついたあと、まだ相手の息があるにも関わらず「お前はもう死んでいる」と投げかけるセリフもまたかっこいい。
ひろしは夢中になって読みふけっている。
「ほんとおもしれえなあ」
「ケンシロウかっこいいなあ」
「男は強くなきゃな」
ひろしはそんなことを考えながら読み進めていた。ひろしは、ケンシロウにかなり触発されているようだ。
「22世紀に残したい作品だな。いや、30世紀くらいまで残してもいいんじゃないか」
極めてどんぶり勘定ではあるが、ひろしの『北斗の拳』への評価は高かった。
「ん~、31世紀まで、いや、もう一声。32世紀までだ」
ひろしは『北斗の拳』を32世紀まで残すことにした。特に何の苦労もない、平凡な17歳の少年が考えることは根底が適当である。しかし見方によっては、ひろしは1000年先を見据えている、スケールの大きい高校生と言えなくもない。
「かなり先まで残し過ぎたかな。俺も甘いな」
などと思いながら、ひろしは更にページを読み進めた。食器を洗い終えた母がテーブルに戻ってきてみかんに手を伸ばし、少しかわいたむくみ気味の親指がみかんを貫く。その光景にふと目をやっていたひろしには、今読んでいるページの、ケンシロウが相手に北斗神拳を使用しているコマと重なって見えた。デブキャラの相手と太っている母とがどことなく似ていて、余計にだぶって見えた。ひろしはふざけ半分で漫画のまねごとをした。
「ピープー」
アニメでケンシロウが秘孔をつく際の効果音を奏でながら、ひろしは見よう見まねで母に秘孔をついた。
「なんてね」
そうお茶目ぶって、ひろしが再び『北斗の拳』を読み出した時だった。
「ひでぶっ」
そう言って、母が突然破裂した。















